
他人を自分の思う様にしようと思ったら間違いだ。
サラリーマン時代、違和感が常に付き纏い苦しめられたが、その立場を離れて初めてその正体に気づく。
人は行動を合わせるから疲れるのではない。思考を誰かに合わせるのが疲れるのだ。
ましてやそれが強制的な意味合いを持つとなかなか吸収、対応が出来ない。
「こう考えるのが正しい!」「何故こう考えない?」と言われるわけだから。
まさしく洗脳だ。
組織のトップが「こう考えるべきだ。」とし、それを100%強制される、という中で生きてきた。強制とは、反すると命を取られるわけではないが、その場所(組織)にいる限り人生に強烈な打撃を与えるものだ。
ある意味で「人形」になる事を強いられる様なものだ。
またそれが社会的に間違っていないから始末に負えない。
物事には必ず二律背反的な面があって、違う角度から見ると結論が真逆になる事も多い。
要するに思考回路の違いだけだ。
どんなに我慢しても譲れない事は誰にもある。自分の人生の通奏低音のところだ。
そこを崩されたら生きていても意味が無い。何故なら自分じゃなくなるから。
今は自分で会社をやっている。オレを作り上げてきた通奏低音が崩れていない毎日は、オレにとってとても充実していて価値あるものだ。