
外へ外へと向かった意識が内へ内へに変わっている。
空手の稽古の過程と同じだということに気づく。
形から入り感覚や呼吸や意識に移る。
空手の稽古は、技が意識と無意識を繰り返す過程において、その一瞬、どの技が最も効果的なのかを無意識にそして刹那に判断しOutputできるようにすることだ。それには内面の認知が必須要素となる。
メタ認知と言えるかもしれない。
長い間やった武道が日常で役立つことは、今はほとんどないが、
(以前はホントに役立った。飲み屋でケンカしてジョッキで頭を割られ、そこから大反撃に転じ、相手の歯をガタガタにした。空手やっててホント良かった、と思ったものだ。)
唯一内面的な認知に応用できるのではないかと考えている。
最近では、身体操作も外へ向かうモノよりも内へ向かうモノを中心に行うようになった。
以前のブログでオレは後悔はもとより反省すらしないと書いた。少し補足すると、自分の内面を見つめるのと反省するのとは違う。内面を見つめるのは明日を生きるためだが、反省は過去を否定するための手段だからだ。
内面に向かうといっても限界は勿論あるが、不安や焦りが驚くほど消えるので、今のところこれでいいと思っている。