silhouette of person riding a horse

先輩の折口雅博さんがこの言葉が好きだ、とどこかに書いていて(折口さんと会ってこの話はした事がないが)、それ以来、オレも意識するようになった。

「人生はどう転ぶかわからない、一喜一憂する必要がない」という様な意味だと思う。

実際に死ぬ瞬間まで自分の人生の評価は出来ないと感じるし、アタリもハズレも、その時の「運」だと考えているので阿弥陀籤の連続が人生じゃないか、と思っている。

以前にも少し書いたが、過去は記憶でしかないのでいくらでも書き換えられるし、今の自分が考えて、“あの時こうすれば良かった”とはどんな記憶に対しても思った事はない。寧ろその時は“最悪だな”と思った事も今は「あれがあったから今こうしていられる」と思える。

要するにバカだから反省も後悔もしないわけだが、“その時の自分はそう決めたわけだからそれが最高だ”と無理なく思える。

その理屈でいくと、どんな状況においても“今の自分が最高だ”となる。そして、それが正しいかどうかは未来の自分が決める。

未来にならないとわからないのだ。

心療内科の友達が、、

「オマエくらいのヤツはうつ病にならない」と言う。

「どういう意味だ?」と質問するが、

「頭の出来が丁度イイ」、、、、

失礼なヤツだと思うが、偶然の積み重ねで出来ている人生を反省する必要があるとは到底思えないし、反省が好きならそれもイイが、オレは大嫌いなのでしない。(数年前に嫌なことはこの先一切しないと決めた)

オレは、塞翁が馬、をそんな風に捉えている。