ambulance architecture building business

防衛大学校での全ては有事の際のためだと言える。

教育課程は文科省が定める大学設置基準に準拠しているのは勿論だが、それに加えて防衛学もある。更に、訓練過程として遠泳やカッター訓練、陸上であれば戦闘訓練等がある。

また、学生舎(民間でいうと勤務時間外)でも点呼は勿論、非常呼集もある。

要するに平時から常に有事の際の行動が試されているのだ。

平時であれば、routineがあるので、それに沿って行動していればなんとかなる。偉そうなコトを言おうが、多少はったりをかまそうが、問題は無い。口ではなんとでも言えるし、行動においてもオプションのどれを選択しようが大勢に影響は無い。

本性が出るのが有事の際。普段偉そうにしていても有事の対応でメッキは剥がれる。

COVID-19は日本の政治、報道、医療の特にリーダー層の品格を炙り出したと思う。また、国家、組織の理念の危うさ露呈させた。

民主主義とは何か?、、、全くわからなくなってしまった。

有事の際には特別ルールが適用されるのか?

Vale tudo(なんでもあり)で一時凌ぎをすれば事足りるのか?

正義とは何か?

今まで難しくてわからなくなったモノが更にわからなくなった、、、バカなオレは混乱する。

「血を流してでも守るべきモノ」は全く失われてしまったとも思う。

全体を俯瞰せず、局所的な対処療法で乗り切ろうとする。これだったら何もしねーほうが良かったんじゃねーの!、、、とバカなりに考える。

せめて個々のレベルでは平時の尊厳を失わないように努力したい。軍隊方式が良いとも思わないが、アスリートがよく言う「しっかり準備したい」を日々の生活で実践(実戦)したい。平時の準備があるから有事に的確な行動が取れるのだ。

バカなオレはバカなりに、、、できる限り自分の頭で考え、身体を鍛えて準備したい。

有事がなければそれに越したことはないが、仮に有事に陥った際には、今まで信じてきた「モノ」を貫ける知力、体力、決断力が欲しい。事において後悔したくはない。正に「武道」だ。(武道とはあるのかわからない有事に対応するコトとも言える)

それができることが「生きた」という証だと思っている。